ミカドサイエンス&テクノロジー講座(16)~糖からつくる夢の新繊維?巨額の資金調達で事業化が期待される鶴岡のバイオベンチャーとは~

みかドン ミカどん

今から数年前に鶴岡のバイオベンチャースパイバー社が世界初の人工クモの糸を発表して話題になりましたが、現在同社は人工クモの糸を離れ、様々にデザインできる人工タンパク質素材の事業化に乗り出しています。資金調達の累計はなんと644億円!今回は同社が開発した新素材Brewed Protein™ (ブリュードプロテイン™)についてご紹介いたします。

巨額の資金調達で黒字化を狙う鶴岡のバイオベンチャー

(画像:日本経済新聞 ※一部編集)

今年9月、鶴岡のバイオベンチャー「スパイバー社」が344億円の資金調達を発表し、先月10月には追加で50億円の資金調達も発表されました。それらを合わせると同社の資金調達額は累計で644億円(!)になるそうです。

🌎 グローバルな量産・販売網の強化に向け344億円の調達を決議しました
🌎 事業価値証券化により、追加で50億円の資金調達を行いました

スパイバー社は鶴岡市(山形県)にある慶應義塾大学先端生命科学研究所の学生達が卒業後につくったベンチャー企業(2007年設立、非上場)です。

同社は世界で初めて人工クモ糸素材(QMONOS®)を開発したことでも有名ですが、現在は、本物同様に水に濡れると収縮するという課題が見つかった「人工クモ糸」から離れて、人工タンパク質素材の開発と事業化に取り組んでいます。(※人工クモ糸の収縮性は自然のクモ糸を忠実に再現できたからこそ発生した課題もいえます。)

人工タンパク質素材と言われてもピンと来ない方が多いと思いますが、荒っぽく言い換えるとタンパク質でできた非石油の”樹脂の素”ということになります。

つまり石油を原料とせず、人工のタンパク質で様々な風合いの繊維をつくったり、プラスチックの代替品を製造できるということです。

同社が開発したこの素材はBrewed Protein™ (ブリュードプロテイン™)と命名され、

①枯渇が懸念される石油を使わない持続可能な素材
②石油を使わないので製造段階での温室効果ガスが少ない
③タンパク質でできているため土中でやがて分解する
非アニマルで動物倫理に抵触しない

などの非常に優れた理由により夢の新素材としておおいに注目され、大量生産による事業化が待たれています。

しかし、上の図を見てもわかる通り、多くのスタートアップ企業は、研究開発に多額のお金がかかるため事業が軌道に乗るまでは赤字続きであることが少なくありません。

スパイバー社の赤字は年々大きく膨らんでいるのが現状ですが、それでも巨額の資金を調達できたのは、同社の技術が将来有望と期待されていることや、この資金を基にプラントを整えて大量生産に踏み切ることができれば、今後は黒字化できる目途があるのだと思われます。

糖をエサにする微生物が多種多様なタンパク質をつくる

(画像:UMI

スパイバー社の関連記事をいくつか拝見すると「糖を原料に人工タンパク質をつくる」という記述を見かけます。ですが、糖から直接化学的に人工タンパク質をつくるというわけではありません。正確には糖をエサにする微生物がタンパク質を生成します。糖を原料に新しい素材をつくってくれるのは微生物なのです。

人や動物が代謝や成長をすることでもわかるように、生き物の細胞にはすべてタンパク質をつくり出す機能が備わっています。そのときどんな種類のタンパク質を作るか?という情報を記録しているのがDNAの中にある遺伝子です。

タンパク質とひとくちに言っても、ケラチン(爪や髪の毛)やコラーゲン(筋肉、骨、皮膚など)のように多くの種類がありますが、それらを特定する設計図(アミノ酸配列)が遺伝子に書き込まれているため、私たちの細胞はそれを読み取って髪や爪や筋肉や骨、皮膚をその質と形状で再生できるのです。

スパイバー社のBrewed Protein™ (ブリュードプロテイン™)はそのしくみを活用し、希望する特性のタンパク質を細胞がつくれるようにまず遺伝子を設計します。そして人工的につくられた遺伝子を微生物に組み込むと、その微生物が発酵(代謝)によって自然界にはない特徴を持つ様々なタンパク質をつくり、それを精製して各製品の素材とします。
※ちなみにBrewed Protein™の「Brew」は発酵・醸造を意味する英語です。

この方法では遺伝子のデザイン(アミノ酸配列)を変えれば多種多様な人工タンパク質をつくることが可能になるため、同社では絹糸やナイロンのような繊維のほか、カシミヤ風の原毛、さらには自動車のドアパネルやクッションシート、人工毛髪やスケートボードなど多様な試作品を提案してきました。

その中にはスポーツウェアのゴールドウィン社と提携してすでに商品化された衣類もありますが、現状は多数の引き合いがあり、量産のための原料が圧倒的に不足しているそうです。

そのため同社では今年タイに工場をつくり、今後は米国の穀物メジャーと提携して米国工場も稼働予定です。協業先の米国穀物メジャーはADMという会社ですが、サトウキビ用途の多角化を模索していたところで、スパイバー社の「糖をエサにする微生物」と利害が一致したようです。

日本有数のユニコーン企業となっても鶴岡を離れない

スパイバー本社(画像:スパイバー社

企業価値が10億ドル以上の未上場企業をユニコーンと言いますが、スパイバー社は日本でも数少ないユニコーン企業です。同社は世界初の従来にない新素材の開発者として国外からも注目されています。

資金調達の選択肢が増えている今、スタートアップ企業は上場を急がず、研究開発と技術の確立を優先する傾向にあるそうですが、同社がこの時点で巨額の資金を内外から調達できた背景には、Brewed Protein™ (ブリュードプロテイン™)がポリエステルに代わる合成繊維の本命と言われ始めた技術力への大きな期待があります。

グローバルな熱い視線を浴びているスパイバー社ですが、今のところ本社を鶴岡から移す予定はないようです。ネット上のコメントに寄れば、同社がベンチャーキャピタルに投資の依頼をしに行ったときにこう言われたそうです。

「投資はしてやるが条件がある。本社を山形からシリコンバレーに移せ。こんな田舎で世界に通用する企業が育つわけがない」

しかしスパイダー社はその話を断り、鶴岡に本社を構え続けることを選択したとのこと。別な記事では代表の関山和秀氏が「鶴岡に恩がある」とも話しています。

その真偽や今後については不明ですが、鶴岡に本社があるということは、同社で働くことを志望する人材をいい意味でスクリーニングしており、地方都市にも関わらず応募してくる人は、関山社長に寄ると「凄まじく気合が入っている」そうです。社員の1割は外国人ですが、世界中からトップレベルの人たちが集まっているとのこと。

また、世界初の人工クモの糸やBrewed Protein™ (ブリュードプロテイン™)の開発には、東レ、旭化成、帝人、クラレなどの繊維メーカーや発酵法によるアミノ酸製造技術をもつ味の素など、世界のトップメーカーで開発に携わっていたOB20人近くがアドバイザーとして関わっています。それだけスパイバー社の素材は将来性を感じさせる大きな魅力があるのだと思います。

スパイバー社や同社の母体となった慶應義塾大学先端生命科学研究所の存在は、雇用や地域活性化の面で鶴岡市にも山形県にも有形無形の恩恵をもたらしているようですが、スパイバー社には東北から世界にはばたく素材メーカーとして今以上に大きく躍進してほしいですね。

余談ですが私は慶應義塾大学先端生命科学研究所の中に入ったことがありますが、多くの外国人の方たちが休憩所で普通にコーヒーを飲みながら談笑していて、ここは本当に山形県か?と思ったことを最後に付け加えておきます。

(ミカドONLINE編集部)


出典/参考記事:脱石油素材の雄・スパイバーが250億円資金調達。なぜ融資でも新株発行でもなく「証券化」で調達したのか? 人工たんぱく質のスパイバー、米国で量産へ スパイバー、新興最大340億円調達 「人工クモ糸」量産 世界初! 人工合成タンパク質素材を開発した「Spiber」の今 日本の若者が世界の研究チームに勝てたワケ 広がる「上場は後回し」 成長優先、ユニコーン狙う 人工クモの糸のスパイバー「米国の穀物メジャーから100億円調達」 その真相を関山社長に直撃 【この技術がすごい⑥】スパイバーの構造たんぱく質「ブリュード・プロテイン」 【Spiber株式会社】タンパク質が解決する資源・環境問題。導くのは未来をつくる「人工クモの糸」 Spiberの野望――合成タンパク質素材「ブリュード・プロテイン」で革命をサステナビリティって何? 専門家が答えます。連載Vol.17 タンパク質で何でも作れる!? スパイバーの関山代表が語るその可能性 スパイバー 総額344億円の資金調達 カーライル、クールジャパン機構が取締役派遣も Brewed Protein™の製造プロセスについて ゴールドウイン×スパイバー、新アイテム「ザ・セーター」発表 スパイバーが米国の穀物メジャーADMから新たに59億円調達、米国に原料工場 など

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