ノーベル賞日本人受賞者(2)朝永振一郎博士は何をした人?~1965年(昭和40年)物理学賞を59歳で授賞~

みかドン ミカどん2021年10月5日現在での日本人ノーベル賞受賞者は28人です。ですがいったい何をした人なのかよくわからないという方も多いのではないでしょうか?今回は日本人二人目のノーベル賞受賞者 朝永振一郎博士です。

不思議なものにどんどん魅せられていった朝永博士

朝永振一郎博士はノーベル物理学賞を1965年(昭和40年)に59歳で授賞しました。(年齢は「ノーベル賞制定の日」11/27で計算しています)

授賞の理由は「くりこみ理論」という考え方を確立して、長い間、研究者たちが解決できなかった”量子を扱う上での大きな矛盾”を解き明かし、量子電磁力学の発展に寄与した多大な功績が認められたからです。

朝永博士は小学校3年生のときに、雨戸の節穴から差し込む光によって逆さになった庭の景色が障子に映る現象(ピンホールカメラの原理)に感動し、それ以後、身の回りの自然科学に強い興味を持つようになりました。

やがて中学生になってアインシュタインの相対性理論を知り、「なんて不思議な世界なんだろう?」と一気に物理学に魅せられました。

旧制の第三高等学校に入り、物理を勉強するクラスに進んだ朝永博士は、先生からそのころまだ新しかった量子力学についての話を聞きました。

量子力学は、これ以上分割できないようなミクロな粒子の世界を支配する法則を示した理論です。ミクロな粒子には顔がない、ミクロな粒子は壁を通り抜けることができる……。量子力学はこれまで以上に謎に包まれており、博士にとっては非常に魅力のある分野でした。

そこから博士は京都大学理学部に入学し、教科書も専門書もなく指導者もいない量子力学という最先端の分野に同級生の湯川秀樹博士(ノーベル賞受賞)と協力し合いながら取り組み始めたのです。

そもそも量子とは?量子力学ってなに?

朝永振一郎博士

量子とは物質を細かく細かくしていって、もうこれ以上細かくできないというレベルまで分割されたミクロの存在物(粒子)です。

原子そのものや、原子を構成しているさらに小さな電子・中性子・陽子といったものが代表選手ですが、光を粒子としてみたときの光子やニュートリノやクォーク、ミュオンなどといった素粒子も量子に含まれます。

量子の世界は、原子や分子といったナノサイズ(1メートルの10億分の1)あるいはそれよりも小さな世界です。このような極めて小さな世界では、私たちの身の回りにある物理的な概念はまったく通用しません。

たとえば「球が転がる」とか「物が落ちる」とか「固化」や「蒸発」のような法則も変化も存在せず、条件によって二つの量子が宇宙規模で距離が離れていても瞬時に同じ動きができたり、あまりにも小さすぎてニュートリノなどは地球もすり抜けてしまうそうです。つまり挙動自体も時間や距離の概念も私たちがイメージする現実の世界とはまったく異なるということです。

そして、そんな量子がいったいどういうルールで動いているのか?を解き明かしていくのが量子力学なのです。

量子の実験値と理論値を一致させた「くりこみ理論」

(画像:中部原子力懇談会)

朝永振一郎博士が提唱した「くりこみ理論」の「くりこみ」は英語ではrenormalizationと言って再規格化という意味を持ちます。

当時の物理学界では、電子の質量は実験で測定できるのに、量子力学の理論で電子の質量を計算すると「無限大」という結果が導かれて計算できなくなり、多くの研究者が頭を悩ませる大問題でした。

朝永博士のくりこみ理論は計算上無限大となってしまった電子の質量を有限の値に補正するための手法です。これによって実験値と計算値が一致するようになり大きな矛盾が解決したばかりでなく、量子力学と相対性理論と関連づけることも可能になりました。

同じころ、アメリカでも独自に同じような理論を考えていた研究者がいました。リチャード・ファインマン博士とジュリアン・シュウィンガー博士です。

朝永博士はこの2人とともに1965年、ノーベル物理学賞を共同受賞しました。かつて席を並べて研究した湯川秀樹のノーベル賞受賞から16年後、7回も候補に挙がった末の快挙でした。

(ミカドONLINE 編集部)


参考/引用:科学系ノーベル賞日本人受賞者9人の偉業 量子ってなあに?:文部科学省 くりこみ理論を発案し、量子力学の大問題を解決 | 中部原子力懇談会  など

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